がん免疫治療、ゲノム医療、CAR-T療法などの登場により、がんの生存率は向上しているものの未だ満足できるものではない。また、がんの予防は未だに達成されていない。一方、わが国では超高齢化に伴い高齢のがん患者だけではなく、様々な合併症を有するがん患者にどのように治療を提供すべきかという課題に直面している。本事業では、わが国が抱える少子高齢化、大都市集中の人口動態など社会構造の変化などの様々な課題のなかで、高度化・多様化する医療を効率的かつ効果的に提供できる人材育成に取り組む。また、がん領域のみならず非がん領域の医療技術、さらにはICTやAIなどの最先端の異分野との学際的連携が必須である現状を踏まえ本拠点連携校が蓄積してきた教育、研究、診療に関わる人材、インフラ、そして海外の先進施設との連携を基礎に新たに顕在化してきた課題や社会のニーズに対応できる専門的医療人の育成に取り組み、社会に貢献する。
がん医療が高度化・多様化する一方、高齢化するがん患者や様々な合併症を有するがん患者、そして新しい治療法の開発によるこれまで知らなかった有害事象など、がん医療の現場には新しい課題が顕在化しつつある。本事業では、最新のがん医療を社会実装する上での課題、がん緩和医療の提供体制の拡充、病理医の不足、地域間格差の解消、非がん領域との連携による学際的取り組みなど、医療現場や社会のニーズに応える多様な職種の専門医療人を総合的に養成する。各分野の専門医、看護師、薬剤師、医学物理士等が最先端の知識を得ることで、高度なチーム医療を先導する人材となり、習得した知識、技術を修了後に地域の拠点に還元することで均てん化をはかる。具体的には、合併症を有するがん患者の治療、治療に伴う様々な臓器障害への対応、高精度放射線照射技術を用いた緩和的放射線治療及び新たな治療法の開発、長期的な視点でのサバイバーシップケアとQOLの向上、終末期医療、不足する病理診断医・医学物理士の育成などに取り組む必要がある。
本拠点では、これまでがんプロ事業において、がん薬物治療、放射線治療、薬剤師、看護師など多様な人材の育成をしてきた実績がある。特に医学物理士の育成においては、拠点校である京都大学が、2005年から全国に先駆けて取り組んでおり、2017年には医学研究科に医学物理学分野を設置し、高精度放射線治療の基盤・臨床・産学共同研究,OJT形式による臨床研修などを通して多くの人材を育成してきた。京都大学と大阪医科薬科大では、世界をリードするBNCT療法の開発と臨床実装のパイオニアであり、高度化する放射線治療に対し、医師のみならず医学物理士の育成において他にはない強みをもつ。さらに、核医学治療病室は5病室と国内有数の規模であり、核医学製剤を製造可能なサイクロトロンと薬剤スタッフを有し、核医学治療を担う人材養成施設として国内トップクラスの環境が整備されている。また、わが国の約1,000万人が慢性腎障害を有し、薬物治療をする際の大きな課題の一つであるが、京都大学では、2012年に臨床腫瘍学、腎臓病学、薬学、疫学の連携によるOncoNephrology(腫瘍腎臓病学)を世界に先駆けて立ち上げ、国内20以上の大学や医療機関と課題解決の取り組みをするとともに研究成果を世界に発信している。本拠点では、病理学、薬学部の連携も密であり、多様化・複雑化するがん薬物治療における潜在化した課題に対応できる薬剤師の育成にも強みがある。
がんの予防は、がん研究や診療の長年の目標であるが、いまだ達成されていない。WHOの下部組織である国際がん研究機関(IARC)は、予防できるがんを公表し、明らかな発がん物質の曝露を避けることを提唱している。中でも、喫煙や飲酒は明らかな発がん物質であり、これらを避けることが重要と推奨されているにも関わらず、わが国は先進国の中でも喫煙や飲酒に対する対策が十分ではない。喫煙や飲酒に関連する肺がん、食道がん、頭頸部がん、大腸がんなどは、わが国でも罹患率が高いことから、これらのがんを予防する先制医療の教育と人材育成は急務である。がんゲノム医療の発展は、遺伝性腫瘍の原因遺伝子の変異も発見されることから、遺伝性腫瘍への対応の課題を浮き彫りにしたが、それに対応できる人材(臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー)が不足しており、臨床の現場での対応が追い付いていない。遺伝性腫瘍は、発端者のみならずその家系にも影響を及ぼすため、サバイバーも含めた倫理的・社会的対応も必要である。また、医学の進歩により、膨大な医療情報やゲノム情報が医療現場では蓄積されているが、それらのビッグデータを解析し、医療に還元できる人材も不足している。がん発症予防やマルチオミックス解析に習熟し、ビッグデータ解析を担う新たな人材の育成が急務であり、本拠点では、医学だけでなく多様なバックグラウンド・職種の研究者・実務者との共同研究を通じ幅広い視野を持つ人材育成目指し、多様な分野を融合した教育を行う。
拠点校である京都大学には、バイオインフォマティシャンを育成するビッグデータ医科学分野、リアルワールド研究開発講座、ゲノム情報疫学講座などが設置され、健常者およびがん患者における全ゲノム解析、ビッグデータ解析、マルチオミクス解析、リアルワールドデータ解析で世界をリードする。大阪医科薬科大学でも医薬品に関連したリアルワールドのビッグデータを活用したがん対策研究を行っている。さらに京都大学では、がん患者の血液および組織を世界基準の品質でバンキングするとともに、先制医療・生活習慣病センターにおいて、医学的に健康であると証明された健常者の血液検体をバンキングしており、健常者・がん患者を比較することでがん予防研究を推進できる。また、三重大学のバイオバンクとも連携しており連携校内での活用を促進することで、がん予防に関する研究・人材育成に貢献できると期待できる。遺伝性腫瘍においては、発端者のみならず家族への専門的・倫理的対応が必須であるが、京都大学は多くの認定遺伝カウンセラーを育成し、国内の多くの施設に輩出している。京都大学、三重大学は小児がん拠点病院であり、滋賀医大は臨床遺伝相談科を有する臨床遺伝専門医の認定研修施設であることから、これらの連携による人材育成の環境も強みである。本拠点では、連携校とともに、がんサバイバーとのPPI(Patient andpublic interaction)にも積極的に取り組んでおり、リハビリなどの身体的なサポートにも対応できる人材育成の体制も整っている。
わが国において、がんゲノム医療が臨床実装され4年近くが経過するが、様々な課題が山積している。特に、がん遺伝子パネル検査を実施しても治療薬につながる割合が10%以下であり、druggableなバリアントに対する新薬開発や適応拡大による保険適用薬を増やす必要がある。最近の新薬開発は、大学発ベンチャーやスタートアップ企業が、シーズを育成し大手製薬企業が後期開発を担う構図が世界的な主流になっているが、わが国ではその体制は脆弱である。また、マルチオミクス解析やスーパーコンピューターによるシミュレーション、そして人工知能(AI)に基づく創薬、さらにはがん免疫療法やCAR-Tなどの細胞治療などの革新的な創薬など、薬剤開発の方法も急速に進歩している。これらを支える人材として、バイオインフォマティクスやAIに対応できる人材が必要であるが、医療の分野では人材育成の教育とキャリアパスがない。テーマ②でも述べたように本拠点および連携校においては、これらの人材を育成する教育体制が整備されているため、本事業により、革新的な医薬品開発を担う研究者、がんゲノム医療、免疫療法、CAR-T療法などの細胞治療に対応できる医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師の育成を推進する。
拠点校である京都大学は、わが国ではじめてがんゲノム医療を臨床実装した施設であり、国内のがんゲノム医療実施体制のモデルとなってきた実績がある。令和5年4月現在、京都大学は、がんゲノム医療中核拠点病院であり、三重大学と滋賀医科大学がんゲノム医療拠点病院、大阪医科薬科大学はがんゲノム医療連携病院と、がんゲノム医療の人材育成の環境においては十分な教育体制が整備されている。新しい治療の開発においては、京都大学が臨床研究中核病院、橋渡し研究支援機関である強みと連携校に薬学系大学・学部を有する本拠点の強み、そしてビッグデータやAIの教育・人材育成プログラムを有す強みを生かして、本事業を推進する。がん免疫療法においては、京都大学の本庶佑特別教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことや基礎研究と臨床研究を橋渡しするがん免疫総合研究センターが設置されたこと、そして京都大学でのCAR-T療法が国内トップの実績であることや国際連携体制ができていることから、本事業により、がんゲノム医療、がん免疫療法、CAR-T療法などの分野において、各大学内での診療科・部門横断的な教育連携を推進するとともに連携校間での最先端の教育と多職種の医療人育成ができる。さらに、京都大学では、令和4〜5年にかけて、全国の医療機関を対象に医療職のタスクシェア/シフトのチーム医療研修を行っており、この研修を本事業の教育の場として活用することで、がん医療における多職種連携・チーム医療をさらに推進できると期待できる。
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/)
「次世代のがんプロフェッショナル養成プラン(令和5年度選定)」を加工して使用